2026年5月31日、両国国技館。大相撲の元関脇・宝富士大輔(現・桐山親方)の引退相撲が行われ、満員の観客が見守る中で18年に及ぶ土俵人生に幕が下りた。最高位は2016年9月場所の西関脇。青森県北津軽郡中泊町出身、伊勢ヶ濱部屋一筋で「花のロクイチ組」の一人として平成から令和の大相撲を支えた男の引退興行は、断髪式での涙、長男・次男との最後の取組、そして450人が集った結婚披露宴のエピソードなど、見どころの多い一日となった。本稿では、現役時代の歩みから引退相撲の詳細、桐山親方としての現在の活動までを、公式発表および報道各社の取材データに基づいて整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2026年5月31日に両国国技館で引退相撲を実施。最後の取組は長男・次男との対戦で、送り出しで敗れる微笑ましい幕切れとなった。
- 要点2:断髪式では白鵬、豊昇龍、安青錦らが鋏を入れ、先代師匠の宮城野が止め鋏を入れた。実母の際には涙でコンタクトレンズを紛失するほど号泣した。
- 要点3:2019年2月の結婚披露宴には師匠の伊勢ヶ濱、白鵬、日馬富士ら450人が出席。現在は年寄・桐山として後進の指導にあたっている。
【宝富士大輔とは】本名・杉山大輔、青森県中泊町出身の「角界のマツコ」
宝富士大輔は1987年2月18日、青森県北津軽郡中泊町に生まれた。本名は杉山大輔。身長186.0cm、体重167.7kg、血液型AB型という恵まれた体格を持ち、得意手は左四つからの寄り。愛称は「パンダ」「角界のマツコ(・デラックス)」「たーたん」など、親しみやすいキャラクターでファンから愛された。
日本相撲協会の公式データによれば、平成21年(2009年)1月場所に21歳10ヵ月で初土俵を踏み、2011年7月場所で幕内に昇進。以来、現役生活を通じて一度も休場がないという驚異的な鉄人ぶりを発揮した。これは幕内上位で長く相撲を取る力士としては極めて異例であり、体調管理と基礎体力の高さを物語る記録である。
同郷の先輩に元関脇・出羽の花(出来山親方)がいる。2016年5月場所10日目、停年退職を記念してNHK解説に出演した出来山が見守る中で白星を挙げ、「テレビ解説に出来山親方がいたんで。気合入りました。同郷の先輩なんで」とコメント。少年時代には地元の子供相撲大会「出羽の花杯」に出場し、一緒に記念撮影した思い出もあり、支度部屋では「三役に上がった時には雪駄をいただいて。一門も部屋も違うのに、故郷の先輩からそうやってもらって、うれしかった」と感謝を語っていた。
【引退相撲】2026年5月31日・両国国技館で涙の断髪式、長男・次男との最後の取組
2026年5月31日、両国国技館で宝富士の引退相撲が開催された。報道各社の取材によれば、断髪式では元横綱の白鵬をはじめ、同郷の元・阿武咲、豊昇龍、安青錦らが次々と鋏を入れ、最後は先代師匠の宮城野が止め鋏を入れた。先代師匠が止め鋏を務めたのは現師匠である伊勢ヶ濱の提案によるもので、宝富士は「いいとこ取りというか、最高です」と振り返っている。
断髪式で特に涙を誘ったのは、実母が鋏を入れた場面だった。宝富士は涙が止まらず、実母の際には涙でコンタクトレンズを紛失してしまうほどの号泣ぶりだったという。宮城野の際にも涙が止まらなかったと報じられており、師弟関係の深さと家族への思いがにじむ一幕となった。
最後の取組は、相撲道場に通う長男・次男との対戦だった。宝富士自身は左四つが得意だが、息子2人はどちらも押し相撲。結果は送り出しで敗れ、父としての敗北を笑顔で受け止める姿が観客の拍手を浴びた。土俵の上で親子が向き合う姿は、18年の現役生活の集大成にふさわしい温かなフィナーレとなった。
【結婚披露宴】白鵬ら450人が出席、6歳年下の夫人と2019年2月に開催
宝富士の私生活にも注目が集まった。2017年9月11日に6歳年下の夫人と婚姻届を提出し、2018年10月10日には長男が誕生。2019年2月16日には都内のホテルで結婚披露宴が開催され、師匠の伊勢ヶ濱、伊勢ヶ濱一門の横綱・白鵬、部屋の元横綱・日馬富士をはじめ、450人が出席した。
この披露宴は大相撲界の絆の強さを示す場となった。一門の枠を超えた出席者たちの顔ぶれは、宝富士が角界内外から厚い信頼を得ていた証左といえる。夫人や子どもたちの詳細な近況は公私を分ける形で公表されているが、引退相撲で長男・次男が土俵に上がったことは、家族ぐるみで相撲と向き合ってきた歩みを象徴する出来事だった。
【経歴年表】初土俵から引退・桐山親方就任までの歩み
宝富士の現役生活を時系列で整理すると、その軌跡は堅実な努力の積み重ねであることがわかる。以下の表は、公式プロフィールおよび報道各社の記録に基づく主要なマイルストーンをまとめたものだ。
| 時期 | 出来事 | 備考・主な実績 |
|---|---|---|
| 1987年2月18日 | 青森県北津軽郡中泊町に誕生 | 本名・杉山大輔 |
| 2009年1月場所 | 初土俵 | 21歳10ヵ月、伊勢ヶ濱部屋 |
| 2011年7月場所 | 幕内昇進 | 以降、現役を通じて無休場 |
| 2016年9月場所 | 西関脇に昇進 | 自己最高位 |
| 2017年9月11日 | 婚姻届を提出 | 6歳年下の夫人 |
| 2018年10月10日 | 長男誕生 | — |
| 2019年2月16日 | 結婚披露宴 | 白鵬ら450人が出席 |
| 2026年5月31日 | 引退相撲(両国国技館) | 長男・次男と最後の取組 |
| 現在 | 年寄・桐山として活動 | 後進の指導にあたる |
特筆すべきは、幕内昇進以降の無休場記録である。幕内の常連として長く土俵を務めながら一度も休場がなかったことは、コンディション管理の徹底と精神力の強さを示す。最高位の関脇に到達した2016年9月場所は、いわゆる「花のロクイチ組」の一人として平成の大相撲を彩った時期とも重なる。
【現在】桐山親方としての活動と「角界のマツコ」の素顔
引退後、宝富士は年寄・桐山を襲名し、伊勢ヶ濱部屋で後進の指導にあたっている。現役時代に培った左四つの技術と、無休場を支えた体づくりのノウハウは、若手力士にとって貴重な財産となるだろう。力士プロフィールを掲載する日本相撲協会公式サイトでも、元力士としての記録が確認できる。
「角界のマツコ」の愛称で親しまれたように、歯に衣着せぬ語り口と親しみやすい人柄は引退後も健在だ。台覧相撲にはあまり強くないとされ、2017年5月場所初日に皇太子夫妻が観戦した中で白星を挙げた際には「5、6回目で初めて勝って良かった」と曖昧ながら正直に振り返るなど、飾らない人柄がファンの共感を呼んだ。
趣味は音楽鑑賞、好物はオムライスと納豆という庶民派の一面も持つ。嫌いなものは特になしと公言するなど、その穏やかな性格は指導者としても選手との信頼関係構築に生かされているとみられる。
【宝富士大輔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:宝富士大輔の現在の名前と役職は?
A1:引退後は年寄・桐山を襲名し、伊勢ヶ濱部屋で後進の指導にあたっています。
Q2:引退相撲はいつ・どこで行われた?
A2:2026年5月31日に両国国技館で開催されました。最後の取組は長男・次男との対戦で、送り出しで敗れています。
Q3:最高位と主な記録は?
A3:最高位は2016年9月場所の西関脇。現役生活を通じて一度も休場がなかったことが特筆されます。
Q4:家族構成は?
A4:2017年9月11日に6歳年下の夫人と婚姻届を提出し、2018年10月10日に長男が誕生。引退相撲では長男・次男が土俵に上がりました。
まとめ:桐山親方の今後と、引退相撲が示したもの
宝富士大輔の引退相撲は、18年の現役生活を支えた家族、師匠、一門の絆が凝縮された一日だった。涙の断髪式、息子たちとの最後の取組、450人が集った結婚披露宴の記憶は、ファンの胸に長く残るだろう。
年寄・桐山としての新たな挑戦が始まった今、注目すべきはその指導者としての手腕である。無休場を貫いた自己管理能力と、左四つを武器に幕内上位で戦い続けた技術論は、次世代の力士育成に直結する財産だ。相撲ファンはもちろん、これから大相撲を追いかけたい読者にとって、桐山親方の動向は今後もチェックする価値がある。情報を見極める際は、日本相撲協会の公式発表や報道各社の取材データを基準にするとよいだろう。 (出典: 宝 富士 大輔(Yahoo!ニュース))